登米市の仮設住宅へ
ここは、大手スーパーイオンの広大な跡地に300世帯もある大きな仮設住宅。
集会所も二つ。整体チームリーダー、はなはな整骨院院長も合流して別れて活動。
ここも南三陸の沿岸部の方が多い。
楽笑さんの演芸に子供達は多いに突っ込み、元気に絡んでくれた。その後、私たちの番で「上を向いて歩こう」をみんなでうたった。前のおばちゃんが、ひとりぼっちの夜なんかかなしい…と目頭をおさえた。
終わったあとも、人なつっこい子供達は私におもちゃを持ってきたり、バルーンの剣で
突いてきたりと元気に遊んでいた。けれど、お世話していたおばさんの言葉は重かった。
一人の男の子を見て言った。「あら、今日は持ってないわ」その子は、この夏まで背中に大事なゲームやおもちゃをリュックに詰め、いつも背中にしょっていた。やっと、置いてこれるようになった。また、神戸の須磨に夏まで避難していた子がいた。仮設の子供達がずいぶん長い間、かかとをつけないでいた事。
心の中に、潰れそうなくらいの不安はを抱え、津波の恐怖からまだ開放されていない苦しみをもって。速く遊んでいてあっという間に時がすぎ、お家で暖かくすごせますように。失った大切な人たちの分もしっかり生きれますように。
ここは、小さい仮設住宅
町会長さんの明るい楽しい雰囲気が、みんなを引っ張っている。
これで、8ヶ所の出張演奏は終わった。
傷は深いが、確実に変わりつつある東北。あまりにも美しい稲穂をつけた田んぼが延々、広がる。大きな大きな風景。
観光客を待っています。
私たちも、変わる姿をこれからも見続け、また、来ます。