浪さんと一緒

浪さんに石垣島まで会いに行きました。

浪さん数えで91歳。2009年に大阪・京都とコンサートツアーに同行して(運転手として)また、石垣に会いに行くね~~と約束したまま。色々あり、震災まであり・・・ようやく。再会を果たした!!

ナミイおばあの出勤しているデイサービスのある介護施設でケセランぱさらんスペシャルとして、2人の仲間を引き連れ、チンドン太鼓、二胡・アコ・ギターでオジイ・オバアと大阪の歌や東北の歌、沖縄の唄、中国やモンゴルや韓国の歌で歌い踊り遊びました。

夜は、親戚のショーコーさんのところで、宴会をしたり、民謡スナックで一緒に演奏に加わったりしながら、楽しい時間があっという間に過ぎました。オバアは、本当に真摯に音楽に向き合って生きています。歌を残そうと、カタカナで歌詞を思い出しては書き、ラジカセを操作して自分の歌を録音で残します。「あんたも覚えてね」ということです。

唄を引き継ぐ、どんな形であれ。オバアの80年を越える三線弾きとしてのキャリアが重く私たちに訴えます。こうして生きてきた。いつも三線弾いて、生活してきた。

250円で9つの時に売られた時、三線教えられても、夜になったらついうとうと眠っていたらお姉さんからどつかれた。そうして覚えた数々の唄。その頃の沖縄では、子供売りがいたそうだ。片側のカゴには野菜。片方に子供。「子供は野菜みたいにしてうられていたんだよ。」とオバアは言う。

オバアは沢山唄を覚えた。「沢山のお部屋があるお座敷で、私が弾いたら他の部屋から聴きに来るんだよ。」三線の名手。お座敷唄はさながらジュークボックス。

今日も、おどります。オバアは夜8時や9時すぎてから元気になる。民謡スナックで遊んでいたらあっというまに午前1時。オバアはまったく動じません。「みんなが寝る時(お年寄りのお友達が)から遊ぶから、友達とは遊べないさ~。」そらそうやわ。

関西で、今年はおばあとまた会えそうです。みなさん。楽しみにね。

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