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2010年02月27日
沢知恵さん、韓国凱旋コンサート
沢知恵さん・・。何年も前に、精神障がいの方々のNPO法人の主催で出演されていた聞いた歌声。ココロに残っていた声。
新聞で、韓国公演の凱旋コンサートを生野区のKCC会館で開くという記事を見た。
思わず。「行かなくちゃ・・。行こう!」と思い立った。
彼女は、父は日本人牧師、母は韓国人という所謂ハーフの人だ。ただ、育ちは韓国・日本・アメリカと色んなところなので、音楽的バックグラウンドも色々な素養がある。
沢さんは、以前から知っていたのだけど、どんな歌をうたおうとしているのか最近までよく知らなかった。
特に、茨木のりこさんの長編叙事詩を70分のピアノ弾き語りで行った「りゅうれんれんの物語」の活動や、アウンサン・スーチー解放のため、ミャンマー軍事政権に抗議するポエトリー・リーディング をおさめた「QUIET」など、メッセージの響く歌を歌うのを知ってとても惹かれた。
今日の凱旋公演も、94年に初めて日本人として韓国で音楽公演をした沢さんが、2月にサックスの中村哲さん、パーカッションの山口ともさんと共に、また韓国でコンサートを行い、そのツアーメンバーによるコンサートだった。すごい。バンドのかもし出す音は言葉がはっきり聞こえる、沢さんの歌声とからみ、より力強いメッセージを届けてくれた。時にココロがほだされ、時に高揚し、時に涙を誘う。色んな気持ちにさせてくれる幸せな時間と居場所を与えてくれて嬉しかった。
私も、友人達と秋に韓国にいく。友人の黄ちゃんのボランティア場所で、お年寄り・子供たちの前で歌で遊んでこようと計画している。
このなかに、今日沢さんが歌っていた、「朝露」を歌いたい。
1970年代、韓国民主化運動でシンボライズされた歌らしい。みんなが肩を組んでこの歌を歌い、団結したという。
いい出会いがまた。
よかった。
沢知恵さんのHPはこちら http://www.comoesta.co.jp/index.html
投稿者 pianocraft : 23:33 | コメント (2) | トラックバック
2010年02月17日
沖縄の声 ~知念ウシさん講演会~
沖縄を考える時、ときどき韓国を侵略した日本人としての感覚とおなじような後ろめたさを感じていた。
それは、直球のコトバで私を突いてくる知念ウシさんの文章を読んでからなおさらのことだった。
2004年に寄せられたコトバ 原文はリンクへ
http://mytown.asahi.com/okinawa/news.php?k_id=48000119999991184
「沖縄が好き。癒やされる」。どこにでも入れる魔法の無料チケットみたいに言う。そして、基地をテイクアウトしてくださいよ。と続いていく。
いつも思うんだけれど、この人たちは沖縄から帰ったあと何をしているんだろう。
「ねえ、どうしているんですか? 沖縄から帰った五百万人が国会議事堂に直行して座り込めば、沖縄の基地は一挙になくなりますよ。沖縄が好きなんでしょう。基地をなくしてくださいよ。そしたら、もっといい沖縄になりますから」。
そのコトバの人に会って話を聞いてみたいと思い、昨日2月15日関西沖縄文庫の講演会を訪ねた。ちょうど、ウシさんの記事が今日の朝日新聞に掲載されている。
昨日のお話をもう一度、補填するような気分で読んだ。
今日の朝日の記事は、「沖縄米軍基地・本土移設論を聞く」 http://mytown.asahi.com/osaka/news.php?k_id=28000001002160002
ずっと自分の中に引っかかっていた感覚、基地の負担を抱える沖縄の人に気持ちにどう繋がっていけるのか。沖縄の人にとっての、ヤマト・本土の人間に対する不信をどう払拭できるのか。そして、何ができるのか・・・
けれど、その感覚そのものが自分の立っている場所そのものが間違っていると、ウシさんの発言で気づかされた。それは、たんなる同情という名前のものであって、あきらかに基地がやってこないであろうと感じているこの大阪の人間の安穏とした、轟音の響かない、米軍と出会うこともない安全な土地にいるからこそ生まれる感情でしかないということを。
基地問題=本土問題。沖縄問題とかいうけれど、当事者の多くは本土の人間であり、沖縄は被害者である。ふと、障がい者問題という時と同じやなと気づいた。
障がい者問題とはいっても、問題のあるのは障がいを持ったひと以外の人間なのであり、社会である。そのあり方を考える問題であることを思えば、基地の問題は、まさに私たちの問題である。
県外移設=本土へという、沖縄の声はまっとうだ。
ウシさんは、先住民の暮すグアムやマリアナ諸島への移設も反対だ。といっている。私は、米軍は米領へ帰るのがいいと思っていた。もちろん安保が反対なので、沖縄からも本土からも基地をなくしてほしいと思っている。けれど、多くの日本人が安保を必要と感じているから、米軍は日本を守ってくれていると信じている。それならば、日本の本土に基地をおくべきだ。応分に沖縄から引き上げて、例えば橋下の言うように関西に持ってくる議論をすべきだろう。何故、県外移設→本土へと沖縄の人が言うのかやっと理解した。
いまだに、沖縄は本土・ヤマトの植民地である。基地を押し付けられ、かたやリゾート地として開発される。薩摩に侵略されて以来一度も開放されない沖縄。
これからの基地問題をどう、本土人としての自分が取り扱うのか。どうすればいいのかより深い悩みを抱えてしまった。ウシさんはいう「あななたちの問題でしょ」と。
投稿者 pianocraft : 00:05 | コメント (2) | トラックバック
2010年02月08日
黄ちゃんの物語
韓国に住む黄ちゃんは、私たち家族の友人だ。
黄ちゃんと知り合ったのは、相方が神戸の長田区で震災後のボランティアとして、高齢者の給食サービスを仮設の施設で行っていたところで同じくボランティアとして動いていた黄ちゃんと意気投合したことが始まりだ。
神戸に来る前は東京の方で何かしていたらしい(詳しくは知らない)、けれど大きな災害があったと知って神戸に飛んできた、韓国人青年だった。長田区は、在日コリアンの多く住むところでもある。コリアボランティア協会とのかかわりで知ったボランティア先だった。
ここでのボランティアは結構長く続いていた。ところが、ある日彼は急に捕らえられた。私たちは知らなかったが、オーバーステイだったのだ。
都島の大阪入国管理局で拘留されてしまう。まわりのボランティア団体や仲間からも、彼の献身的な神戸での生活を申し入れて、情状酌量の余地はないものかと画策したが、悪い印象こそもたれなかったが、強制送還されてしまうこととなった。
その後、今までずっと彼と交流があり、韓国に行けば会うことはできる。
彼は、韓国でも高齢者のための給食サービスでボランティアをしたり、障がいを持った子供やお年寄りの施設でも働いた。韓国に私たちが行けば、そういうところを案内してもらって、小さな歌の会を持たせてもらったり、皿洗いのボランティアをしたり、街頭で募金活動をしようとストリートで歌う計画をしてくれたりと、旅では味わえないかかわりをコーディネイトしてくれる。とても優しい人間だ。
韓国は学歴社会でもある。極度な受験戦争で、よりレベルの高い大学へ入らないと、就職の口がない。最近では、大学を出ただけでは仕事がないらしい。そんな国で、大学もでていない黄ちゃんは、心優しい人間だけれど、仕事は建築労働などで不安定な暮らしをしている。また、敬虔なクリスチャンだけれど、教会のもつ閉鎖性は嫌い。
そして、私たちが韓国に行ったとき感じたのは、少し裕福で高学歴なクリスチャンの人たちは、彼を良い目でみなかったということ。寂しいことです。
その彼が、先週急に船で福岡にやってきた・・・らしい。私たちに何も知らせてなかった。
だが、留守電に入っていたくらい声。「入国拒否で帰らされました。」
何故、誰にも相談しないでたった一人、やってきたの~~!と周辺の友人達は驚いた。
ネットで調べたけれど、強制送還された人は、再入国不可の年数は5年とか年限は書かれていても、実際はかなり難しいらしいこと。私たちは、軽く「もう来れるん違うん!」と言っていたけど。実際はそうではないらしい。もう10年も過ぎたのにね。
あらためて、彼から今日連絡が来た。意外と元気そう。
本当は100万ウオンで、飛行機で日本に行こうと思ったけど、船だったら50万ウオンでいけるから、50万ウオンをハイチに寄付しようと思って・・・。
なんてやつだ!
この秋には彼に会う。それまで友人たちと色んな音楽を仕込んで、韓国のまだ見ぬ方々に披露する準備をしている。ハングルの歌、日本の歌、二胡、三線。ゴスペルもね。
本当に、待っていてね。
投稿者 pianocraft : 21:46 | コメント (0) | トラックバック
2010年02月02日
沖縄の昔・今
高等学校の教科書 1997年版
ウチにあった、「高等学校 琉球・沖縄史 1997年版」実は、長いこと読まずに持っていただけのものであった。沖縄が急激に自分の中で大きな魅力となったのは、さんざん書いているナミイおばあのおかげなのだが、知れば知るほど魅力のある場所である。
この本は、沖縄・八重山・宮古の歴史を所謂歴史教科書として書かれている本なのだが、とても面白い。黒船時代にやってきたイギリス人の見た沖縄の人々の記述など、最高に面白い読み物になっている。私は日本史も世界史も高校のときはさほど興味がなかったのだけれど、大人になれば面白みが増える。
例えば、イギリス人バジル・ホールは、ティッシュペーパーについて沖縄のヒトとのやり取りをこう書いている。
アンニヤは、ときどき私に向かって、このハンカチを幾度も使って、それを一日中持ち歩くことは気持ちの悪い習慣だ。わたしたちのように、数枚の四角な懐紙をポケットに入れて、使用したら捨て去る習慣のほうがよいと思うと言うのだ。
日常生活のことや、英語の発音でできない音があるなど指摘しているが、それは現代日本人も一緒の「LとR」の問題だったようだ。人々に対しては好印象を持っていた。
この本は、歴史の本なので、神話のような創世記から現代に至るまでの流れが注釈とともに詳しく示されていて読みすすむのが楽しかった。こんな風に教科書を楽しんだことはかつてなかったけれど。
そして、現在。日米同盟に振り回される政府。振り回される政府のとばっちりを受けている沖縄の人々。普天間の海兵隊も辺野古の基地も要らない。
アメリカにそんなにも、反対を論じることもできないなんて、ドレイのような同盟。
ネオキの会 http://neokinokai.ti-da.net/ の「海兵隊はいらない」という例会の長~いレポートを読んでうなずきました。