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2006年05月30日
ジャワ島 義援金
ジャワ島の地震の被害が心配だ。
多くの瓦礫に埋め尽くされた映像をみると、阪神大震災を思い出してしまう。
まるで日本の木の家のような、ぐしゃぐしゃにつぶれた家々。5000人を超える死者。
気候は暑く病気の蔓延が心配、住むところ、水、食料も不足している。
国連や世界各地から支援が届けられている。
阪神の時、心配してくれた世界の友達のために、義援金の受付はたくさんのところがある。
一部を控えのために書いておく。
◇財団法人「日本インドネシア協会」(03・3661・2956) 郵便振替で口座名義は同協会、口座番号は00130・9・196710。
◇日本赤十字社(03・3437・7081) 郵便振替で口座名義は「日本赤十字社」、口座番号は00110・2・5606。通信欄に「ジャワ地震」と明記。
◇日本ユニセフ協会(0120・881052) 郵便振替で口座名義は同協会、口座番号は00110・5・79500。振替用紙の通信欄に「ジャワ島」と明記。
◇国際医療NGO「AMDA」(086・284・7730) 郵便振替で口座名義は「AMDA」、口座番号は01250・2・40709。通信欄に「ジャワ島中部地震」と明記。
◇TBSカンガルー災害募金サイト http://www.tbs.co.jp/kangol/javan-island.html
◇Yahoo!ボランティア インターネット募金 http://volunteer.yahoo.co.jp/donation/
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2006年05月29日
一泊カラーセラピー温泉付き
散歩でこころ惹かれる自然を採取して作った作品(左が管理人作、右は小迫さん作)
わたしの素晴らしい知り合いのカラーセラピスト・ただみよこさん(キッズクレーレ主宰)がお声を掛けてくださった、温泉一泊のセミナー、仕事が終わってから27日の夕方より参加してきた。
多田さんの吹田の北千里の自宅でのセラピーは友人を連れて行ったり、家族を連れて行ったり、遊びにいったりと何度となくお邪魔している。いろんなことの気づきを、インスピレーションを得る事ができこころがリフレッシュする。
カラーカウンセリングといっても、多田さんのものは、カラーだけに留まらず、色んな角度から心理分析をしていく、多分誰でもどこかでやったことのあるはずの「エゴグラム」も勝手に相手の都合で、受けさせられているのに、その結果を知らないでいることが多い。それを、自分で確かめ、自分のもっている行動のうらづけとなる、「心ぐせ」(と多田さんは呼ぶ)をつかみ、人間関係や物事に対処する時の自分をコントロールしていこうというもの。その方法を心がけると、ストレスを減らす事ができる。
「相手は変えられない」でも「自分の行動は変えることができる」。と多田さんはよく言う。苦手な相手には、自分が苦手とする原因があるはずだ、心のパターンで自分とは相容れない何かがあるのかもしれない。そのときは、この人はこういう人であるから、こう行動すれば、がっかりしたり、おこったりしなくてすむのでは・・・というように自己コントロールをかける。
私は、苦手な相手とやりとりするのがある意味「楽しい」と感じる時がある。分析的につきあうとおもしろい。
この週末は、そのようなセラピーもあったが、前半を参加できなかった、でもちょっと意外な出会いがあった。それは、「みちるwith関西1バンド」のパフォーマンスだった。
このバンドはアニメソングをうたう「みちる」さんとシンプルなギター・ベース・ドラムのバックバンドのセットだ。アニメソングっていうと、ちょっとオタクの好きなジャンル?と連想してしまったり、なんや、お子様向けか~とたかをくくってしまったりしがちだけれど、このバンドはナカナカのものだった。
懐かしいアニメソング(年齢にあわせてか・・)が次々繰り広げられるのだが、そのアレンジが最小セットのバンドらしくない重圧なリズムで畳み込んでくる。タイトで華やかなドラム、それにからむ弾きまくるベース、リズムにささえられ、一見サンボマスターのギターみたいな(というのは外見のことです。実はサンボマスターは意外とすき)素敵なリード。あんまり生のロックバンドを聞くことがなくなってきた最近の私の日常だったが、いい気分にさせてくれて幸せだった。
またバンドしたいなと思ったりした。
翌日は、散歩をして、自然のものを拾ってあつめたり、ゆっくりして、初めて出会う参加者の人たちとも楽しく過ごさせていただきリフレッシュした2日だった。
多田さんは大阪のOAPでも講座を持っている。癒されるのもいいけど、自分で知り、変化を求める人にはいい発見があると思うな。
投稿者 pianocraft : 22:11 | コメント (0) | トラックバック
2006年05月26日
PCが戻ってきた
メインのPCの故障で、入院させていたのが帰ってきた。あろうことか、ハードの故障で、電源ボタンが押せないという状況だった。さっきまで、押してたのに・・・・
メーカーの修理に直接だす。デスクトップだったので、大きなハードディスクを日通の人が梱包してくれた。
結局、パネル部分の交換。けれど、ハードディスクの内部にも問題があり、アクセスできないファイルがあるとのこと。修理にはハードディスクの交換をすすめられた。しかし、電源をいれたら早速打ち出さないといけないファイルがあったし、そのまま初期化されたらデータがパーになる。ともかく、そのまま返してください!といって返してもらった。
機嫌よく働いているけど、なんだか爆弾をかかえているようなやな感じだ。
バックアップは取ってる。もしクラッシュしたら、考えよ。
でもいつものところに抜けた穴があいていて、なんだかペースが狂ってしまった。ノートPCは使えるのだけれど、いまいちブログ更新する気分ではなかった。
そんなおり・・ちょっと三線をまじめにしようと考えた。
十三の第七藝術劇場では、「ナミイと唄えば」が上映されている。人間ジュークボックスとよばれる、ナミイおばあの物語。沖縄の歌を覚えたいと思っている。
投稿者 pianocraft : 23:23 | コメント (2) | トラックバック
2006年05月19日
オールカプースチンプログラム 関西初
川崎昌裕 カプースチン作品集1
兵庫県芸術文化センター小ホールにて本日、関西初のオールカプースチンプログラムが行われた。
プロデュースは、友人のMOMOちゃん。
師匠の871さんに調律をお願いしたため、仕事をそばで見学させていただいた。コンサートの裏から表まで楽しませていただいて幸せだった。
ピアニストの川上昌裕さんは、日本で一番カプースチンを弾けるピアニストだ。リハーサルで初めて出された音を聞いて。うわっと思った。そのときは、技術的なサウンドでなく、音楽として。今回は、川上さんの関西での初演だが、それ以外でも今日のプログラムでは、ビブラフォンとウッドベースとピアノでコラボレーションをしている。カプースチンがこういった形で演奏される初めて。クラッシックのピアニストがジャズコラボをすることはまずないだろうから、面白い組み合わせだった。
ピアノの音については、舞台にあげる前の調律のときの音。舞台に上げてリハの時の音。客入れをした本番の音、この3種類の音がまったく違っていて、面白かった。これが聞き比べられるのは、客席で聞いたものしかできない。演奏者も、このホールで響いている音については、自分では決してわからないのだ。演奏者の聞こえている音は、ピアノの前から出る音。あるいは、反響して返ってくる音。いろいろだろいうけれど、また、客席だって、聞く場所でずいぶん違う。指を見たい人も多く。超絶技巧の華麗な指さばきは美しくもあった。
このコンサートは、クラッシックではまだ、少ない照明効果をかなりプランしてある。これは、プロデューサーの意向で、曲によって、かなり照明が変化した。リハの段階では、照明を切り替えるときのモーターの音が、かなり曲間うるさかったのだが、本番は曲間もお客さんがいるだけで、かなり雑音がでているのがわかる、したがってモーター音は気づかなかった。こういうことを経験すると、ほんまにコンサートってライブだなと思う。お客もその一部である。空気の温度も湿度も変える人の存在は、音という空気を媒介してつたわる振動では、くっきりその姿を変えるのだ。
照明も、川上さんにとっては未知のものだったのか、色明かりが入るときの感じや、鍵盤の見え方などにいつもの素明かりになりとまどいを感じていた。ジャズなど、いつも薄暗いところで弾くのだけれど、クラッシックではそういうのは考えにくいのだろう。いろんな初めてがあり、演奏者にとっては、プレッシャーがあったかもしれないけれど、お客の立場から言えば、それがすべてよいほうに感じられた。
今後も、関西でカプースチンを聞く機会が増えればもっと幸せだ。
MOMOちゃんお疲れさん!
投稿者 pianocraft : 23:44 | コメント (2) | トラックバック
2006年05月15日
ヴィゴが見せた、暴力と冷静
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」を見た。ヴィゴ・モーテンセンを見るために観た映画というのが正直な動機だ。
デビット・クローネンバーグ監督といえば、暗い、どろっとした表現がイメージされるけれど、この作品もそのような、暴力を受けた人間をえげつなく描いている。しかし、ヴィゴは、あいかわらず魅力的だ。
穏やかなアメリカ中西部の田舎町の食堂の主人が強盗が店に現れたときにあまりにも鮮やかに、銃を持って抵抗し、殺してしまう。その手際の良さは、彼の隠された「History of violence」を徐々に明らかにしてしまう。
家族の平安が疑惑で脅かされる。すばらしく魅力的な夫がかつてギャングで多くの人間に残虐な暴力をふるっていたことを知るという失意。思春期の息子の暴力をしかる父はその信用を失っていく。
愛と暴力の対立というサブタイトルがついているが、ラストシーンは、ギャングを殺してきた父が朝食時に家に戻り、食卓をかこむ家族の前で呆然としている。ちいさい末娘が皿を差し出す。息子も食事をすすめる。母はちいさく、音もなくくちびるで言葉を告げる。多分、彼女は、この夫を受け入れて、この先も生きていくのだろう。この家族の物語は架空の時間の中でつづいていくのだろう。というラストであった。
それが妻の愛だというのならば。暴力は避けることのできない現実として、肯定されるのか。
わたしには、解せない。もちろん、憔悴しきったヴィゴの表情は、ぐっときてしまうが・・・。それは、ストーリーとは関係ない。
最近そういう感じをもつことはなかったのだが、映画の中に好きな俳優がでていると、映画の登場人物としてでなく、時々俳優そのものを感じているときがある。これは、この人の映画意外はありえないのだが、「あっ。この顔いいやん」というような、それは、作品を鑑賞するためにじゃまになるのかもしれないし、正しい観方であるとはいえないだろうが、でもね~。これも楽しみなんだよね。
映画全体としては、釈然としない。暴力は必然であると思えないから。
しかし、ヴィゴはインタビューでも「他者への暴力は自己破壊につながる」といっているように、一見妻や家族の愛によって、うそで固められた生活に主人公がエンドロールのあと戻るとしても、破壊されたものは戻らないだろう。このことを、イラク戦争にたとえて、アメリカ政府を批判するのが、ヴィゴその人なのだ。
美しい静的表情が暴力的な表情に変わるとき、ヴィゴはすばらしい。困惑する、悩む表情も。
クローネンバーグとの次回作も決まったらしい。また、どろどろかいな。
その前に出演したスペイン映画を早くみたいけど。
私は、ファンといいながらも公開から、うんと時間がたってから鑑賞しました。いつもほんとに出足がわるい。だって、観たい映画が多すぎるのだから・・・・
投稿者 pianocraft : 16:48 | コメント (0) | トラックバック
2006年05月14日
生野フィールドワーク
日本一古い橋の跡
昨日は雨の中、「在日コリアンの歴史を学ぶフィールドワーク」をコリアボランティア協会の金君、鄭さん、杉山君に案内、レクチャーしてもらい楽しい時間をすごした。
この企画は、私のゴスペル仲間の数人の要望で、在日韓国・朝鮮人の歴史を学びたいという熱い気持ちに答えるためにコリアボランティア協会にお願いしたものだ。
生野区を在日韓国・朝鮮の歴史を感じながら、歩き、史跡を訪ねる。コリボラは普段からこういう活動を行っており、希望に応じて案内してくれる。
コリボラのある生野区桃谷駅~鶴橋駅周辺は猪飼野のと呼ばれていた。いまではほかの地名になっているが古くから韓国・朝鮮の人がすんでいる。
戦争で強制労働のために連れてこられた韓国・朝鮮の人々は疎開道路といまでも呼ばれる大きな、かつての軍用道路をもとあった百済川を埋め立て工事し、新たに平野川を作った。
平野川にたたずむと、細い生活のための橋がいくつも架かっている。多くの人が朝鮮市場に食材をもとめていききしていたのだろうな・・・と思うと活気のある風景がこころに浮かんだ。
今の韓国の若者たちは、在日韓国・朝鮮の人たちの独特の苦しみをしらないことが多い。それは日本にいたからこそ、アイデンティティーを強く求める。祖国を離れざるを得なかった人と今の韓国の人との間では違った感性をもっている。お互いを理解することも、十分に交流していかないとうまくいかないこともあると思う。日本人としては、そもそもその苦しみの原因を作ってしまったわけだが、どちらの状況も知るほうがいいと思う。確かに、後年仕事をもとめて日本にやってきた人たちも少なからずいて、この生野という地域は独特の活気を持っているが。
せまい路地裏の人情。肩を寄せ合っていきている街。
ここには、そういう空気が日本人の貧しい人や障害者も引き付けて、今ではもっともバリアフリーのこころを持つ街となったと私は感じている。
雨の中、いい街めぐりをしました。
でも、コリアンタウンは本当に観光地に変わっていてびっくり。
投稿者 pianocraft : 22:15 | コメント (0) | トラックバック
2006年05月11日
サヨクとかウヨクとか
今日の新聞で、小熊英二さんがインタビューに応じていた。著書に「<民主>と<愛国>」という大作や最近では、「日本という国」という中学生向けの本も書いている。
このインタビューのタイトルは、「ナショナリズムの今」。
ナショナリズムは、いつの時代でもあった。内容が変容してきただけ。好景気の時は、「日本人が優れている」「日本的経営はすぐれている」式のナショナリズムが、90年代は、経済が停滞したために歴史問題や靖国問題を焦点にしたナショナリズムが生まれたという。それは「表現形態が変わっただけ」と。
今は中間共同体が壊れ、個人がばらばらに存在するために、孤立と不安が生じ、よりどころをもとめて大衆社会型のナショナリズムが成立するという説明。それは、むしろ「群れ」ているポピュリズムと呼ぶにふさわしい。従って、右派や保守派には「思想的な核」がなく、「アンチ左派、アンチサヨク」という一点で結びついていると述べている。
このような分析をおもしろいと思う。おおよそ、平和主義と自称する人々のどれだけが「サヨク」と思っているだろう。私もそうとは思っていない。右・左どっちでもない。例えば「憲法9条」が素晴らしいから、変えたくないと思っていても、それは、その言葉どおりである。
アンチ巨人、アンチなんとか・・・これが嫌いな人集まれというのが、よりどころの群れっていうのは、なんてつまらなさそうな・・と思う。
けれどそう言う団体が、世間の「なんとなく軍隊賛成」「なんとなく東アジア脅威」というムードに後押しされて、本当に政治を動かす時。それは、恐怖でしかない。
どこかいごこちのよい、全体主義に寄りかからないで欲しい。せっかく個人でものを発信し、情報を獲得し、ネットワークを持つことができる力を得たのだから。
そういえば、教育基本法の政府改正案の「愛国心」も問題になっている。そういうものを規定しようということそのものが、理解できないけれど。
個人を本当に大切に思わない人間は、他人のことも想像がつかない。さらに関心を持たない、知らないでもいいと、関わらなくてもいいじゃないかという人も、結局自分が享受している自由を失う事になるだろう。
最近、実に自分が愛国的であると思う。国の政治を考え、平和を願うことはこの国、このエリアを大切に考えているからこそだ。そういう事を愛国というんじゃなかったっけ?
でもね。「愛国」という言葉は、いまやある種のイメージしかもてなくて、嫌いだな。自分の生きているエリアがすみやすい、生き易いところであるように、願い、考えること。でしょうか。特別なことでない。
投稿者 pianocraft : 22:40 | コメント (0) | トラックバック
2006年05月06日
忘れないためのメモ書き
●「ナージャの村」5/5/13~5/19 (第七芸術劇場)
1997年/日本/118分/サスナフィルム
<時間> 『ナージャ・アレクセイの村、今』 同時上映(20分) A.M.10:30~ P.M.12:55
<料金> 前売り2プロ 2,000円 /当 日 1,200円均一
●『アレクセイと泉』 5/20~5/26 (第七芸術劇場)
2002年/日本/107分/サスナフィルム
<時間> 『ナージャ・アレクセイの村、今』
同時上映(20分) A.M.10:30~ P.M.12:45
<料金> 前売り2プロ 2,000円 /当 日 1,200円均
●「憲法と沖縄を考える」大阪集会
マスコミ九条の会・大阪、関西マスコミ九条の会 主催
日時 2006年6月3日(土)午後1時30分~
会場 アピオ大阪 3階301号室
(JR環状線、地下鉄「森ノ宮駅」から南西へ徒歩5分) →会場地図
お話 西山太吉さん(元毎日新聞記者)「沖縄『密約』問題と憲法9条」
土江真樹子さん(元琉球朝日放送ディレクター、『告発』『メディアの敗北』)
資料代 1000円(学生500円)
主催 マスコミ九条の会・大阪、関西マスコミ九条の会
問い合わせ先 マスコミ九条の会・大阪06-6881-1088(西山)
●見る、視る、観る、感じる、考える
映画 「六ヶ所村ラプソディー」「ヒバクシャ」上映&鎌仲ひとみさん講演会
最終更新日: 2006/04/30
6月3日(土) : 「六ヶ所村ラプソディー」&鎌仲ひとみさん講演会
1回目上映・講演 午後2時~5時10分
2回目上映・講演 午後5時40分~8時40分
6月4日(日) : 「ヒバクシャ」上映&鎌仲ひとみさん講演会
1回目上映・講演 午前10時10分~午後1時10分
2回目上映・講演 午後1時40分~4時40分
場所 こうべまちづくり会館
案内:http://www.kobe-toshi-seibi.or.jp/matisen/4kuukan/kaikan.htm
JR・阪神「元町」駅西口下車 徒歩10分
神戸市中央区元町通4-2-14
TEL:078-361-4523
料金 各日とも1,500円(参加協力費)
*メール申し込み、チラシ持参は1,000円
問合 市民社会フォーラム
Eメール:NQC41966 [peace] nifty.com(" [peace] "は"@"に置き換えてください)
主催 「六ヶ所村ラプソディー」「ヒバクシャ」上映&鎌仲ひとみ監督講演・神戸実行委員会
投稿者 pianocraft : 23:09 | コメント (3) | トラックバック
静かなる拒絶
中之島祭り最終日
今日は、仕事に行った。こんな休みにしか在宅しない人もいる。KORGの消音装置をつけるという仕事。
でも、きのうは、相方と中之島祭りの最終日に出かけた。手作りの二胡をもって、もし売れたら売上の一部を「コリアボランティア協会」にカンパするということで、テントの片隅でひろげていた。
大方が、楽器に興味をもって体験してもらっておしまいだったけれど、人寄せとにぎやかしにはなったかなとも思う。お隣のお店のガーナの人と顔見知りになった。来年も中之島で会えるかな?
その帰り、コリアボランティア協会に出入りしている車椅子の男性と途中まで一緒に帰ることにした。
中之島公園の最寄駅は、北浜駅と淀屋橋駅。北浜から帰ろうと一緒に移動していた。中之島公園から一番近い駅の入り口を私達はいつも利用している。橋を渡れば、すぐのところだ。だが・・。今日は車椅子の彼と一緒だ。「エレベーターどこ?」「先のファミリーマートのとこにあんねん。」と堺筋をどんどん進んだ。
地図で確認すると、いつもの出入り口から250mほど南に行ったことになる。駅が長いのだが、そのエレベーターは目立たず、判りづらい。エレベーターに乗って、地下に下りる。けれど、そこは改札階ではない。もう一回、エレベーターに乗らなければ、改札にはたどり着けない。
次のエレベーターはどこ? なんと、さっききた道を地下から、逆戻りしなければならない。およそ7割方もどったところに、改札へ通じるエレベーターがある。さらに、ホームに下りるにはもう一度、エレベーターに乗る。
何故、同じエレベーターを使って1回で改札までいけないのか?改札に行くと、コリアボランティア協会の後発で歩き始めたメンバーとばったりあった。「まだ、こんなとこに」そう。ゆうに15分ほどの差がついた。
彼の車椅子は電動だ。なので、手押ししたり、押してもらったりがないので、移動が多くてもしんどいというわけではないのだが。
こんなことは、街では本当に日常茶飯事だ。街が、健常者が静かに拒絶してる・・・と思った。
あからさまに言わないけど、態度でハッキリ。ため息が出る。どうせ、いつかはみな障害者になるのに。
こんな不自由な街の作りかたをして。
北浜から淀屋橋の間に、大阪市役所がある。中之島公会堂も。
投稿者 pianocraft : 22:20 | コメント (0) | トラックバック
2006年05月04日
DVDで「マラソン」を観て癒される。
韓国版チラシ
私は、この映画が好きになった。主人公チョウォンが走る時に感じる、光・風・雨の美しさ。立ち止まって惹かれていくシマウマの模様。好きなものに引き寄せられて、好きなものの中にいる嬉しさ。
そんなものを共感した気がした。
チョウォンの物語には、こころから愛してくれる母がいる。いつも自分のせいで放ったらかしにされてる弟がいる。自分が原因で気まずくなった父がいる。その、ちょっと力の入りすぎて息も絶え絶えの家族がチョウォンのお陰で再生していく様は、美しかった。
私の知っている範囲では実際、自閉症の子どもを持つ家族は大変で、軽度・重度の差もあるけれど、夜寝ない、起きていて勝手に外に出て行ってしまう。走り回る。母がやはりストレス性の病気になり、離婚して片親の家庭も数多く。その場合、ほぼ母子家庭となる。母はやはり子を守ろうとするからか?
なのだが、母はいろんな世間の目にさらされ、実に強くたくましく、時には学校に交渉し、子どもの生きる道を支えていく。けれど、自分は先に死ぬだろうから、子どもが自立して生きていけるようにヘルパーを使い、グループホームで生活できるようにしたり、就労を保証するために作業所を立ち上げたり、一般就職に働きかけたりととてもタフだ。
映画の最後に1999年に自閉症が障害と認められたというのは、韓国の事情なのだろう。随分遅い措置だと思った。実際、生活倫理が儒教に支えられている韓国では、障害者というのが長く隠すべき存在だったのではないか?と推測される。バリアフリーの観点から見たら、韓国で車椅子生活をするのは大変なことが多い(日本でももちろん、まだまだ)と思う。
というような、現実は置いといて・・・。この映画は、実在のモデルがいる。朝鮮日報で記事を見つけた。今、楽器工場で働いているのが興味深いな・・・。
自閉症の人、当事者の書いた本「自閉症だったわたしへ」をだいぶまえに読んだけれど、光がキラキラすることや色が違った感性で感じられる事を確か書いてあったと思う。それを読んでいて、「マラソン」を見たときに、一緒にうっとりすることが出来た感じがする。この映画は、涙というより、こころ安らかになる映画だった。
障害を持った人は、時に健常者のボランティアをしてくれる。知らない楽しさや、どうしてその人に寄り添ったらいいかとても考えさせてくれるから。
是非、障害を持った人がお家にいたら、多くの人の中で生活させてあげて欲しい。世の中の、健常といわれる人間に、私達のモノサシが勝手で数の論理で偉そうにしてることをもっと教えて欲しいから。
町で障害を持った人と出会うと、見つめてしまう。もちろん興味津々。でも愛情を持って観ているつもり。
上手く出会えば会話を交わす。わたしの相方なんて、白杖の人を手引きしようと声かけて、、そこの地理にうとくて逆に自分の行きたいところまで連れて行ってもらったというエピソードも持っている。
また、白杖の人に自宅近くの駅で降りたとき「手引きしましょうか?」と夫婦そろって声掛けて、1杯入ってゴキゲンなまま、おしゃべりして見送ったこととか。私らの方がヘンでしょうね。
障害を持った人の映画も魅力的なのがあって私のお気に入りを2つ書いておきます。
「ギルバート・グレイプ」・・・ジョニー・デップ、レオナルド・ディカプリオのファンの人は知ってると思う。
レオが18くらいのころ、とてもキュートな自閉症の少年を演じている。
「サイモン・バーチ」・・・これは小人症の子供の物語。神様に深遠な問いかけをするのが好き。
そういえば、大阪の鶴見緑地で28日「8時間共生・共走リレーマラソン」が開かれる。
何回か参加して障害をもったこどもと走ったり、応援したりしていた。この日、鶴見緑地では多くの障害者団体やボランティア団体が模擬店を出したり、楽しい祭りになっている。
8時間を誰かがリレーして走っているという状況の一日。「マラソン」応援にあるいは、走りに行きませんか?
投稿者 pianocraft : 23:45 | コメント (0) | トラックバック
2006年05月03日
二つの映画
Marines Go Home/監督 藤本幸久 映画「日本国憲法」
5月2日朝刊で「在日米軍再編最終合意」が一面トップ。その日、モーニングショーだけやっている十三の第七芸術劇場で「Marines Go Home 辺野古・梅香利・矢臼別」を観た。上映前に、藤本幸久監督がスピーチしてくれた。「今日という歴史に残る日にこの映画を朝から観に来ていただいた皆さんに感謝します。」すなわち、自衛隊と米軍が手を組んで、戦争できるようにする一歩を両政府が合意した記念日ということか。日米の「新たな段階」とは、なんなのか?
映画は、3つの場所での闘いを描いている。
辺野古・・沖縄返還後初めて、新たな基地を作ろうとしている、ジュゴンの海に日々、からだを張った阻止行動をとる人達を見つめる。映画の撮影が終わってから、この前の名護市長の裏切りによって、彼らの怒りの行動は続いている。
梅香利(メヒャンニ)・・韓国の米軍射爆場の地を映す。島を2つも演習で無くしてしまった米軍。此処での演習で、劣化ウラン弾攻撃の演習など、島に置いたトラックなどを目標にヘリから爆撃する。騒音はひどく、難聴の被害を被る。
矢臼別・・北海道での演習地。演習場のまん中で、立ち退きを拒否して闘い続ける農民2人の現実。沖縄からの海兵隊が、ここで演習する。
今まで、知らなかった現実を知る。自分の住んでいるところに基地がないから、米軍の姿なんて見ないから・・・けれど犠牲になっているところが、戦場のような場所があるということ。イラクのこどもたちやアフリカの飢餓に思いを馳せていても、ここにある苦しさを理解しようとしなかったことに反省する。
結局、日本の演習地はイラクまで続いている。戦場の入り口がここに口をあけていることに気がつかなかったというか、知らないフリをしていたんだと思う自分。
こんな憂鬱な気分のまま、憲法記念日はやってきた。その日、日本に関する2つ目の映画を観る。
これは、以前にも紹介した。エントリーは<2005年07月31日「映画 日本国憲法」と日高六郎さん>
ジャン・ユンカーマン監督のドキュメンタリー映画だが、3日だけに限って製作会社の㈱シグロが2回、ネット上映をしていた。たまたま、夜にMLをチェックしていて、23時からアンコール放送があったものを見ることが出来た。
これは、改めて観るに価する作品だ。DVD発売も、2800円と手ごろで、こちらも注文した。
シグロとしてはネット配信という初めての試みでこの映画は上映されたが、英語の部分の字幕だけではなく、日本語にもすべて字幕が入っており、この種のインタビュー形式のドキュメントでは、発言者の言っている内容がそのときにつかみにくかったりするのだが、これが文字になっており明確にわかるので良かった。バリアフリーを目指した、配信を考えているということかららしいが、これは、聴覚障害でなくとも便利。
上映後、監督がメールでの視聴者からの質問に丁寧に答えていて、多くの時間を費やしていた、コチラは、眠気が生じてしまい、途中で断念。
この映画で、憲法9条の存在意義をあらためて感じる。さまざまな論議があるけれど、この9条がいかなる役割をになっているのか、この国の平和だけでなく、アジアや世界に向けた、日本国民が政府に要求する憲法であるということを思い出したい。
シグロでは、今後もネット配信で「チョムスキー9.11」などを上映する予定。
詳細は SIGLO theather[シグロシアター]http://www.cine.jp/(視聴には登録が必要)
沖縄の辺野古関連の情報も書いておく。
ジュゴンの家 http://www47.tok2.com/home/dugong/index.html
ちゅら海をまもれ!沖縄・辺野古で座り込み中! http://blog.livedoor.jp/kitihantai555/
シンさんの辺野古日記(映画にも出演しておられます) http://diary5.cgiboy.com/2/henokonikki/
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2006年05月01日
5月3日の憲法記念日を前に
憲法について、こんなに意識をせざるを得なくなったのは「9条」が改憲されるという、自民党草案がでてからだ。
9条があるということが「あたりまえで」あった前提の平和が揺らぐ。
じゃあ一体「9条」って何なのだ?と去年は映画「日本国憲法」であらためて、1945年当時を振りかえった。
思えば、毎年ブログでこの日のことに触れている。
2005年5月12日 「憲法記念日はあっと過ぎた」
2005年07月31日 「映画 日本国憲法」と日高六郎さん
2004年05月04日 「憲法記念日」
あらためて読んでみて、言葉のトーンが変わってきていると自分でわかる。危機感が増してきたという意味で。昨年は新聞の市民意見広告運動に賛同したこともあり、イラクからの自衛隊の撤退をメインに考えていたが、いよいよ、本格的に「9条」を守るというためにどうするのか?という選択を迫られているような気がする。
昨夜、正確には5月1日深夜1時10分からTVで「憲法誕生60年スペシャル 検証 私たちはこうして戦争放棄を手にした」朝日放送で放送された。
Asahi.com http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200604290030.htmlでも紹介されている。
日本国憲法の特に9条がアメリカの押し付けであるという観点ではなく、日本から「戦争放棄」が提案されたのではないか?という視点でこのドキュメンタリーは作られている。
そもそも昭和天皇の言葉が原点となって、この草案は生れたのではと推測している。
確かに、いろんな証言をもとに、当時「戦争はこりごり」という感覚は強く国民だけでなく、国政の立場の人間にもあった。それを裏付けるものとして、当時新憲法が公布されたときの報道の重点は、天皇の存在がどうなるかにあった。多くの国民の関心もそこにあったという。
おそらく、信じていた「神」が人間宣言をしてなお、強くこころに惹かれてた当時の人々の心理からして関心事は「戦争放棄」ではなかった。
そのことは、裏返すとやっと戦争が終わって、「戦争しない」ということは当たり前のことであったから。
これだけ傷つき、原爆でやられ、戦争をまたすることなんて、考えられなかったから・・・・。
今、その感覚は失われている。だからこそ、「9条」捨ててはならない。
あわせて、戦争できる国にする準備のために作られようとしている「法律」に反対することも忘れないようにしたい。さて、5月3日はもうすぐ。