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2004年08月 アーカイブ

2004年08月01日

盆踊る

台風がやってきて、祭りシーズンの各地域は気をもんだであろう。

とはいえ、ピアノクラフト近辺でも、この7月31日、8月1日がまつりだった。

盆踊りというのは、自然発生的にみんなが輪になって踊っているのではない。必ず、地域の女性役員かなんかが、練習の上、盛り上げ役を買う。

ご多分に漏れず、盆踊りを練習した。ダンスだって、あんまりやらないほうだが、この祭りの2日間は踊りまくる。

好き好んで・・・・ではないのだが、どうせ踊るなら、機嫌よくやりたいものだ。だが、つくづく思ったことがある。テジョンは「盆踊りは顔がわろてへんから、おもろない」なるほど、練習のときも、振りを覚えるのが精一杯というのもあるけれど、なれた人も、楽しげな顔で踊ってない。

へんな踊りだ。祭りの間も、年取ったおばさんも頑張って、何度もぐるぐると踊りつづけるのには、感服したが、たんたんとした表情。にこにこしてたら、ヘンなのか?と思うくらいだが、自分としては、スマイルを心がけた。

今年は、でも、一般の踊り手もなかなかユニークだった。わかいお兄ちゃんが、4~5人で一生懸命人の振りみて、覚えもって、踊りのわに入ってる。また、小学生の男の子が、仲間に冷やかされながらも、これまた、人の振り観て一所懸命、覚えて踊っている。冷やかしてた子もしまいに、一緒にやっていたりと、盆踊りブームなのか?とも思えるような、若い顔も合った。

いろんなダンスが、あり、ヒップホップと同列に盆ダンスもあるって感じは、なかなかいいね。
和風ブームや、ゆかたのはやりもあって、祭りは、台風一過、大賑わいだった。

神社を中心とする、信仰的な祭りでなく、お気楽な、ただ物見遊山の、祭りがあってもよいだろうな。

けれど、若干、人が多すぎると、しんどくなるな。この、集団の意志は何なのか?って。棒政党の議員の顔が見えたりすると、余計、なんじゃ~。と思ってしまうしね。

大切なのは、集まってみて、あ~こう言う人が地域には住んでるんだな・・・と思うこと。色んな人の上に、行事がなりたち、協力体制の上に、お互いの生活は守られていると。身近にもつながりはひつようですね。

2004年08月02日

近づく、原爆の日

今日、新聞で8月6日の広島原爆投下の日の式典「原爆死没者慰霊式ならびに平和祈念式」のために、広島市長が読み上げる文の骨子を発表した。参照記事

これに、アメリカへの批判として唯我独尊主義。そして、小型核兵器の研究再開と述べている。

この度のイラク戦争でも、その前の湾岸戦争でも、劣化ウラン弾を使用したアメリカ。

核の被爆国である日本だから、イラクの人々はこの痛みをわれわれ日本人が理解してくれるであろうと思った。アメリカから受けた原爆。

いつも、いつまでも、原爆の被害者ぶってるんだ。あれは、正当な戦争の終わらせ方だと、米の退役軍人がいったとしても。

まだ、核兵器がありつづける限りは、これは過去のメッセージではなく、まだ、いまだ、いいつづけなければならないという悲しいメッセージだ。

また、今日も、イラクでは自爆テロによるキリスト教会への被害があった。参照記事
争いは、争いを呼び、殺人は連鎖する。いつも終わらない。ひょっとして最後のひとりまで。

日本では民主党首が米で、憲法改正を公言してくる。わけがわからない。なぜ?

2004年08月05日

映画

昨日、用事をかねて、頑張って上映時間にあわせて映画を観に行った。

ほんと。映画って上映時間に空きがないと、飛び込めない。明日で終了する(おもだった映画館では)「ウォルター少年と夏の休日」だ。

ハーレイ君の映画は、結局、いろいろ観てる。「フォレストガンプ」「シックスセンス」「ペイフォワード」「A・I]と今度の作品。子供を描いていると、惹かれるのだが、だんだん成長してきているが、あの泣きそうな顔は、彼独特のものだ。

この映画は、現代を「Secondhand Lion」という、セコハンのライオン。実際に中古のライオンがでてくるのだが、それは、少年と夏をともにする、二人の老人(叔父さんたち)のことをも現わす。

アメリカの古きよき時代の(これは、結構ステレオタイプの言い方で嫌だな。古きよき・・・と感じているのは、一部のWASPたちだけだろう)男らしさを、懐古する老人と、母から裏切られ、孤児院にいれられて、素直になれない少年が、アメリカのド田舎の一軒家で、おじいさんたちと過ごすうち、おたがいを、必要とする。生きていて、誰かに必要とされる。

つまり、愛し、愛されるあいてを得て、活き活きとするようになるという、成長のストーリー。

おじいさんたちの冒険話は、キテレツなのだが、要は、内容を信じるかということが大事で、相手を信頼し、少々のウソがあっても許し、お互いを支えあう関係といういうことを教える。

おじいさんの2人の行動が笑える。とても、チャーミングな二人。こういう人をみると、身近な老人とは隔世の感だな~と思えてくるけど。

でも、笑わせ、ほろっとさせ、ふ~っとため息をつくような映画は、人を癒す。ちょっとディズニー映画的だな。ニューラインシネマといえば、ROLの製作会社だ。(ロードオブザリング)

ああ~ロードオブザリングのDVDのBOXセットを予約しているのだ。18日に発売なので、郵送されてくるのをやはり。楽しみにしている自分。

見逃した(ファンとしてはあほかと思うが)オーシャンオブファイアーは、なんと、通天閣のそばの新世界でそれも3本立てで、上映が決まっている。11日から。もちろんヴィゴモーテンセンを観るため。

もう一つ、マイケルムーアの「華氏911」は、21日から全国上映が始まる。

しばらく、映画に浸りたい。

映画を好きな人はたくさんいて、その楽しみ方もそれぞれ違うだろうが・・・わたしがもっとも映画の追っかけをしていたのは、中学時代である。

雑誌スクリーンを毎回買って、観たい映画をチェックする。その上、前売り券を買って待機。
でも、監督をしらべたり、ストーリ-の原作を読んだり、そんなことはしなかったな。ただ、観る。感性てきに受身で見てた。でも、きっと別世界へ旅行する気分だったのだろうね。現実は子供で、背伸びをしているけど、とどかない、大人の世界。けれど、その時観たものは、たいていたいして有名な映画ではなく、いまも印象に残っているとはいえない。

でも、映画好きの引き金を引いたのは、父だったのだけれど。
それは、また次回に。

2004年08月09日

週末は2大イベントだった

8月7日は、先日予告のとおり。GOSPEL平和の祭典だった。コンサートの間中私は、イラクの写真展をロビーで行い、池上宗徳さんのDVDも、コンサートのちょうど中間に流された。

ただ、オリジナルの音を用いず、我がHJPの講師であり、今回ホイットニー・ヒューストンのワールドツアーのためピアニストとして同行しており、駆け足で香港から、日本に寄ってHJPを指導した、シェドリック・ミッチェル氏が、映像とコラボレーションしてくれた。

また、違った印象だった。アメリカ人の彼にとっては、私達とは違うイラク戦争にたいする、考えがあるだろう。だが、すべてを越えて、イラクの人の命のこと、平和の事を思うという点において、どんな論理も関係はない。

命がいちばんであることに、平和を祈るということに、迷いや違いなどあってはならない。

池上宗徳さんについて、前回詳しくのべなかったが。そもそも、彼の存在をしったのは、イラクで拘束された日本人3名のうちのジャーナリストである、郡山総一郎さんの講演集会で、である。

その郡山さんと友人である、池上さんはその日、自分の作品のDVDを持ってきていた。タイトルは、「IRAQ WAR}惹かれるように、買い求めて、家で見てみた。

その映像は、とても静かで、悲しい。イラクの2003年5月頃の映像である。昨年の3月戦争がはじまり、陥落後の。それからも、休むことのない、テロリスト探しという、民間人への襲撃がいまだに続くことは、承知のとおりだ。

悲惨なのだけれど、美しい。あまりにも残酷すぎて、目を覆いたくなるような、ところはない。
だが、残酷さを見せても、残酷さを見慣れるだけだ。感覚を失ってしまうだけ。そうではなく、ココロまで響くような、静かな静かな、痛みがそこにはつづられている。

このDVDをコンサートで上映できないものだろうか?と思い、DVDに載せられていたアドレスにメールを送ってみた。住まいがどちらなのかも、知らずコンタクトしてみて驚いた。

HJPの練習拠点の島之内教会から近いところにいらっしゃる。驚いたけれども、これは、お会いしてお話したい。と、話は進んでいき。コンサートの中で、非常に、平和に照準をしぼったかたちでのメッセージがこの映像のおかげで訴えられたと、思う。

池上さん本人は、気さくな若者で、コンサートのオープニングに顔を出してくれた。今、彼のDVDは大阪梅田の「世界報道写真展2004」でも上映されていると教えてもらった。

是非、15日までこの盆休みに、大阪にいかれる方はノゾイテみてください。

もう一つ。8日。神戸元町1番街の手作り楽器ワークショップを行った。
お菓子のユーハイムさんのビルの一室をお借りして、トーキングドラム・ぴのきおサックス・竹琴と3種類を作ってもらった。

いつものように、手作りはすすんだが、後のセッッションタイムがなかなか、クオリティが高く。びっくりした。意図してかしなくてか・・・フリージャズっぽいのあり、アフリカンテイストあり、ワールドミュージックあり、で子供も大人も素晴らしい感性を披露してもらい、指導側は大感激であった。

商店街のみなさまお世話になりました。また、呼んでね~!

というわけで、週末、週初めは終了。
週明けたら、仕事とジム仕事が山積でまだ、手をつけられない~。どうにかしてくれ。

2004年08月14日

終戦記念日は明日

river.jpg

暑い毎日と世間では盆休みがあったりなかったり。そんななか、終戦記念日はまたやってくる。みなさんは、靖国神社をご存知だろうか?知ってる。あたりまえ・・・と思うけれど、知り合いから教えられて、HPをたどってみたら、これまた、靖国神社を詳しく知ることが出来る。ちなみに、リンクはこちら

一度も本当に訪れたことがない。写真を見てビックリ、兵器がたくさんあったり、軍事神社である。本当に、神さんかいな?

そんなことは、どうでもいいが、(ホントは重要な面があるが今は言及しない)。もうスグ、マイケルムーアの「華氏911」が公開されるのを心待ちにしていて、先日新聞を読んでいて、京都の立命館大学で19日に「華氏911」の上映と、大谷昭弘さん、安西育郎さん(立命館大学 国際平和ミュージアム館長)のトークイベントがあるという記事を目にした。申込の上抽選というやつなので、ダメもとではがきを書いたら、今日、招待状が届いた!

とっても楽しみ~。一足お先に盛り上がってこよう。

確かに「華氏911」は全米だけでなく大当たりのようだが、現実は、映画の中にあるのではなくて、実際に起こっているところがあり、今もなお、イラクでは、シーア派と統治軍の戦闘が続いている。サドル氏は、どうするのか?停戦の提示は、良い方に向いていくのか?

そんなことを、新聞やネット報道などで知るうえで、イラクの女性の日記を読んだ。
これは、最近出版されたアートン出版の「バクダッド バーニング」の今もつづく同タイトルのblog日記だ。

その中で、シーア派への攻撃のことも書いてあるが、私が知って驚いたのは、その日記の半ば以降の、イラクでのイスラム教徒とキリスト教徒のかつての生活の様子だった。
全文は上のリンク先のリバーベンドさんの日記を読んでほしいが、引用すると。

 「みんな聞いて知っていることだけれど、先週は教会が爆撃された。これには私たちみなぞっとした。何十年もの間-何世紀も、というわけじゃないけど-イラクでは教会とモスクが共存してきた。私たちは、クリスチャンの友人たちといっしょにクリスマスとイースターを祝い、彼らも私たちといっしょにイードを祝う。私たちはおたがいに「クリスチャン」とか「ムスリム」とかいうレッテルを貼りあうことをけっしてしなかった…そんなことはほんとにどうでもいいことだった。私たちは隣人であり、友人であり、お互いに相手の宗教上の慣習や祝日を尊重しあっていた。私たちの信仰は多くの点で異なっているし、その中には根本的な違いもあるが、そんなことはまったく問題ではなかった。

 クリスチャンの人たちがもはや安全だと感じることができなくなってしまったと思うと打ちのめされる。もちろん現在私たちのだれもが安全でないと感じていることはわかっている。けれども、これまではずっと、異なる宗教の間にだれもが知っている安心感があった。結婚式や洗礼式や葬式に参列するために教会の中に入ったことがあるイラク人は多い。戦争終結以来、クリスチャンの人たちは痛い目にあわされ続けている。南部だけでなく、バグダッドや北部の一部においても、住んでいる家から追放されるということが起こり続けている。しかるべき服装をするように、あるいは、教会に行かないようになどと強制されている人たちもいる。クリスチャンの多くが国外に脱出しようと考えているが、これは莫大な損失になる。イラクには、クリスチャンの高名な外科医、大学教授、芸術家、音楽家がいる。これが中東地域でのイラクのすばらしいところだった-私たちはみんなうまく共存しているということで、有名だった。

 この一連の爆発を企てた連中は、イスラムに可能な限り最悪なイメージを与えようとする人々だと、私は確信する。これはイスラムとなんの関係もない。ちょうど、いくらブッシュが関係あるように見せかけようとしても、この戦争と占領がキリスト教やキリストとなんの関係もないのと同じように。これが問題の一端だ。つまり多くの人々がこの戦争と現在の状況を十字軍になぞらえて考えていること。“イスラム”があらたな共産主義になってしまったのだ。これは、アメリカ人を脅えさせ、完全に武装して“自衛”のために他国を攻撃するようにさせるための、あらたな冷戦だ。“テロ警報”を発令して人々を脅えさせ、アラブ人一般、ことにムスリムを差別するようにさせるのが、もっともよい方法だ…ちょうどこの戦争が西欧人一般やアメリカ人に対する憎悪を生み出すのにおおいに役だっているように。戦争と占領で親や子どもや家を失った人々は、これをわが身がやられたことととらえ、おそらくは復讐したいと思うだろう。ムスリムであれクリスチャンであれ。

 私はいつも、教会の前を通るのが好き。地域のモスクからほど遠くないところに、バグダッドの太陽に照らされて教会が輝いているのを見ると、世の中はなにもかもうまくいっていると、つかのまでも感じることができる。教会の洗練された簡素なたたずまいは、モスクの込み入ったデザインと対照的だ。

 私の住む地域にもすてきな教会がある。高く、堅固で灰色をしている。とても機能的で簡素な建物だ。長方形で、尖った屋根のてっぺんにはあっさりとした十字架、つまりサリーブ(アラビア語で“十字架”の意)が立っている。質素な木製の扉があり、小さな庭がある。そう、ちょうどあなたの7歳の甥や娘が描く小さな教会の絵とそっくり。この簡素なつくりと窓のステンドグラスとがすばらしい対照をなしている。窓には少なくとも30色は使われている。教会の前を通るとき、私はいつもこの窓を見つめ、中にいる人たちに無数の色と形が降り注いでいるのだろうと思いをめぐらす。でも、最近はここを通るのがつらい。なぜなら、かつてこの教会へ礼拝に訪れていた人たちの多くがいなくなってしまったことを知っているから。彼らはシリアやヨルダンやカナダなどに発って行ってしまった。傷ついた心と苦しみを抱えて。 」

どう感じたでしょうか?

かつて平和なイラクでは、クリスチャンもムスリムも共存し互いに尊敬して生きていた。

できるんだ。

こうして、平和を考えていくとやっぱり、今はおかしい。

日本だって、とってもあやしい、米のパウエルが9条について意見を言った

いやなムードだ。やめて欲しい。外圧かけるな。

2004年08月15日

本日の行動

tutenkaku.jpg
通天閣の夜

今日は終戦記念日。というムードもあまりなくTVはオリンピック放送とそれに負けじとぶつけるスペシャルなどで、ほとんど戦争がらみは放送がない。

今日で開催が終了になる世界報道写真展に行ってきた。受賞した写真なので、ショットに息を呑む。イラクだけでなく、世界の紛争地域に入って、ジャーナリストは一部分を切り取ってくる。辛い、痛々しい、残酷なまでも・・・・写真のコーナーから、現代人のそれも、紛争地域でない、性的嗜好の写真。街の、光り輝く、地下鉄の駅の・・・駅の美しい写真。
スポーツマンの写真。

この違いは、何なのだろう。一方で戦場があり、一方では文化退廃がある。経済的な格差、平和のあからさまな違い。自分は、どっちの側だ。

こっち側から、あっち側にどうすれば、釣り合いの取れる世界になるんだ!と心が絶叫していた。

写真展の最後に、池上さんのDVD「IRAQ WAR」がエンドレスで流されていた。20分ほどの作品だが、多くの人が最初から最後まで観ていた。心がゆれるが、静かで写真展をあとにするのに最適な作品であったと思う。

その後、堀江のシサム工房へ寄った。フェアトレードとアジア雑貨の店。アジアの貧しい生活を強いられている人々と日本の国を結ぶ、輸入という形の支援。単なる、アジア雑貨でなく、顔の見えるつきあいがある。アメリカ村を通って、いろんな人々の間を通り抜け、新世界へ。

新世界。なんて響きだろう。そこに行ったのは、新世界国際劇場という映画館に行くためだ。
通天閣のすぐそばにその映画館はあった。

大好きなヴィゴモーテンセンのロードショーを見逃してくやしい思いをしていたので、この劇場で上映されるとあり喜んでいたのだが・・・・

別に西成や新世界が怖いところとは思っていない。日雇いのおっちゃんたちが、安いお金で食べたり、おいしい串カツ屋がたくさんあったりで、どくとくの大阪のムードもまた、面白い。
だが、だが、だ。こんな私でさえ、ひるんだ。

新世界国際劇場の入り口には、おおくのピンク映画のポスターが張ってある。私が観にきたのは、「オーシャンオブファイアー」であり、「トロイ」と「クリムゾンリバー」の3本立てである。だが、ほとんどが、この劇場の地下にあるスクリーンで上映している、ピンク映画のポスターで、
外には見上げて眺めるおっちゃん有り、入場券は、入り口に券売機があり、そこで買うのだが、ピンク映画の券売機と並んでいる。

私が買っていると、横でにいちゃんが、地下劇場の方を買っていた。

それは、序の口だった。入ってビックリ、おっさんばっかりは承知の上だが、煙がもうもうしていて息が出来ない。(私は、たばこが苦手で、アレルギー性鼻炎もあり苦痛)もちろん、禁煙。の電気はついてるのだが。

仕方ない。口をハンカチでおおって、映画に集中しようと試みた。が、おっさんたちは、お菓子の袋はバリバリあける。ビールはシュぱっと、あちこちで抜いてる。その上、上映中であろうがなんであろうがお構いなしに、ドアから出入りする。それがうるさい。

無理やり集中した。だが、暗いなか、心細い。隣に座られないように、端に座る。でも、横に立ってる気配がすると、緊張する。あ~しんど。こんな経験は貴重だね。

そう映画は、ね。ヴィゴがでていたから見とれていたが、話のなかで1880年代とはいえ、アラブの人々の描き方が、ステレオタイプなのでは?あるいは、キャラが単純すぎではと思えるとこもあった。うーん、LORが良すぎたせいか。なんか、お話としては(実話だそうだ)物足りない。

というわけで、楽しい新世界体験でした。
もういっかいDVDでチェックしよ~っと。

2004年08月19日

華氏911

今日は、立命館大学であった、マイケルムーア監督の「華氏911」上映会と、大谷昭弘さん、安西育郎さんのトークイベントに行ってきた。

朝日新聞で申込み、ご招待いただいたものだが、立命館大学の学生達も別枠で参加していた。

映画「華氏911」とは?一言でいうと「よくできたドキュメンタリーだった」。
マイケルムーアのTVショーのVTRや「ロジャー&ミー」での毒舌でブラックな笑いからすると、とてもシリアスになっている。「ボーリングフォーコロンバイン」では、ライフル協会会長のチャールトンヘストンへの突撃取材が有名だが、そういった、一発かましてやろうというシーンはほとんどなく、静かにインタビューすることに徹していたように思う。

そもそも、ブッシュ糾弾のための映画でもあり、アメリカ人に喚起させたいという思いがつよいのだろう。映像はブッシュのニュース映像からの発言を多用していた。

映画は、ブッシュとゴアの大統領選から始まる。この大統領選で、ブッシュがあきれるような不正を行っていたというのは、マイケルムーアの著書「アホでマヌケなアメリカ白人」でも書かれている。読んでから、映画をみると始めのほうがより分かりやすいかもしれない。アメリカの大統領選挙は、ご存知直接投票の方式をとっている。これは、個人の一票がもろに反映されるシステムなので、人気をかき集めるのにお祭り騒ぎをしている。このために投票の権利を有する人間から、ある候補にとって不利なグループの中に入る人々の投票権を剥奪する。というかたちで不正が行われている。きわめて悪質だ。

どうして、こんなあからさまなことがまかり通るのか?であるが。
日本では、議員を選出して、そこから首相が決まるので、議員を投票するというという形でしか、意志表示できない。なのに、選挙に関心がない、若い人たちがなぜ無関心か?とジャーナリストの大谷さんもトークの時に若者に問い掛けていた。若い人たちからの返答はなかたっが・・・・

自分の権利を大切にしてほしいな。

そうしてブッシュは大統領になった。その年、911があり、イラク戦争を始めた。
ブッシュとオイルマネーについての関係、アメリカの富裕層と底辺の生活の差はあきれるくらい激しい。

貧しい街、失業率50%。学資もない。仕事もない。廃屋だけが目立つ街。そんなところに、米軍のスカウトがやってくる。軍隊に入らないか?と。有名なスポーツ選手だってミュージシャンだって軍隊出だぞ・・・・と甘い言葉をかけて、彼らを今日もイラクの死地へ送っている。

イラクへの侵攻に儀があると、本気でアメリカ人たちは今も感じているのだろうか?多くのメディアによって偏向した情報を大きな声で流しつづけ、人々はだまされたと感じているのか?

この日本でも他人事のようにブッシュを笑っていると怖いことになるよ。数々の重要法案が、くだらないスキャンダルでTVが扇動している最中に、国会をとおっていく。必ず、そういう役割をする部署があるらしい。確か週刊金曜日で読んだと思うが。(今日も大谷さんが同じこと言ってたので思い出した。)

イラクで息子をなくした母。学費を出してやることも出来ないし、軍隊を勧めたという。

もちろん、米兵が死ぬことは、無駄なことだけど、殺されたイラクの民間人はもっとずっと多い。

これは、アメリカ人に向けて作られた映画だ。だが、国がどうなっていくのかを見続ける視点は
まったく変わりない。だまされないように、気をつけないとね。

マイケルムーアのサイトはこちら
http://www.michaelmoorejapan.com/words/index.html

2004年08月21日

祭り、行け!ちんどん隊

金曜は、ちんどん屋と化した。白粉でメイクして、ちんどん太鼓、ピアニカ、パーランク、風船動物作りと列をなしてね。

大変な人手の祭りの中で、大道芸の時間をお知らせするために「ちんどん隊」は出動した。
小さい子供が、おとうさんと近寄ってくる。「さんぽ」や「あんぱんまん」「どらえもん」など吹きまくっていると、嬉しそうにしてくれると、なかなか楽しい。

別の自分になって、はじけていると、芸人になった気になるな。ちんどん太鼓も、小さい子にたたいてもらったり、一緒に遊んだ。

やっぱり、音楽は演る方がええね。どんな音楽も、舞台も。人に向けて演奏する、聞いていただくというのは、嬉しいものね。

また、この夏、さぼっていたホントに好きな音楽に戻りたくなってきた。さぼってばかりだけど、本当は、自分の一部なのに。

夏の祭りもそろそろ、終わりに近づいた。祭りというのは、いちがいに宗教的祭りばかりでなく、
楽しみとして作り出された、ものもあり、華やかさに気持ちが惹かれる。
もう、夕暮れには、ふと冷たさも含まれた風がやってくる。
空のいろが、すこし遠くに青さを感じる。

そういう風に季節がかわりかけている。

2004年08月27日

9月には復活を

ひゃっほ。相棒が帰ってきた。ペットロスから立ち上がり、あたらしいネコパートナーを得て。

音楽をするのに、一人で歌って、ピアノ弾いてりゃいいじゃん~。と思う時もあるのだが・・・怠け者と、夏のイレギュラーな生活で全然覇気をなくしちゃった。

夏は疲れる。夏は、特別なこつこつとした計画を反故にしてしまう。

なつかしい音楽もお年寄りにきかせたいけど。

自分のすきなのをやるのもまた元気が出て。

なんにもする気がない時は・・映画を観た。
この秋に登場する。映画 THE BLUES Movie Projectは、わたしの音楽ベースになっているBLUESを堪能できる映画のようだ。東京では公開されているし、ブログもある。

ここ2日で、「オーシャンオブファイアー」「シービスケット」をDVDで見た。どちらも、実話、お馬さんのお話。アメリカがいろんな意味で活気のあった時代。

楽しみにしておこう。そう。Bluesを演ろう!

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