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2004年04月 アーカイブ

2004年04月02日

保育所ウィーク

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日々、動き回る中良いサクラはないものか?と携帯写真をとるのだけれど、いまひとつ・・・・今日は河原の菜の花を撮ってみました。

3月から土日、夕方以降で保育所の仕事が続いています。今日はあちら、あすはどこ・・・・と駆けずり回りながら、ようやくゴールが見えてきました。
3月はそういえば、始めは香芝ウィークでもありました。寒い、寒いまいにちを、これまた寒い体育館で一人ぽつねんと、音を鳴らし。そうこうしながら、あたたかくなりました。

春らしくの~んびりと、屋外でぼんやりしたい。とも思うのだけど。この時期は、ヒノキの花粉、カヤ系の草の季節に入ります。アレルギー剤と抗ヒスタミン剤にお世話になりながら、ぼんやりしてるときもあるな・・・・。薬の副作用に負けるときもある。

デモね。これは、人災ですよ~。アレルギーってのは。針葉樹の植林ばかりするから・・・・排ガスがひどいから・・・化学物質まわりにありすぎだから・・・・・。そうじゃない?

2004年04月05日

よんよんコンサート

昨日の日曜日は、日本ピアノ調律師協会の主催する「よんよんコンサート」をお手伝いした。
「よんよん」とは、4月4日のことで、この日はピアノ調律の日ということだ。

音大を卒業した、フレッシュな方々の演奏であった。いづみホールという、生音の素晴らしいホールで、なかなかのプロフェッショナルでないとここで演奏するという経験をすることはできない。

出演者と話す機会もあったのだが、緊張やいろんな思い。いろんなコンクールをくぐりぬけてきた、優秀な若き演奏家達である。こんなことを感じてるんだ~とあらためて知ることもあった。

ピアニストのある人は、2階席の人と妙に目があってしまって困惑した・・・らしい。ピアノを弾きながら案外見えてるんだよね。ある人は、一番前に座らないで欲しい・・・ともらしていた。一番前の人に限って寝るんだよね~って。勘弁して欲しい・・・らしい。

ほんと、案外客席を感じて演奏している。ピアニストというのは孤高であるが、やはり生のコンサートというのは、観客の息や視線や、目に見えぬ感動など、伝わるものがあるのだね。そして、それに対応して演奏がより、充実したり、良くなかったり、いろいろそのときの場が生み出す、再現不能の舞台芸術というのがそこには存在している。

一人で、ピアノに向い、闘いのように挑む姿は美しい。
クラッシックもいいところがある。クラッシックといっても現代曲もあり、楽しませてくれた。
音楽が好きで、ここまできた人たちである。並々ならぬ努力の上でたどりついたポイントだけれど、これからがまだまだ長い。

音楽を表現しつづける人に是非なっていただきたい。わたしたちは、いつもサポーターだ。
調律師というのはそういう存在。

2004年04月06日

木の花

サクラが狂い咲いている。何か叫んでいるような、そんな華麗さを感じる。のは私だけだろうか?サクラは花が終わると葉っぱが現れる。つまり、花が満開の頃、くろっぽい木の幹に花だけがくっついているという絵になる。

つまり、木の花。変わっているなと改めて思う。きわめて特殊な花でもあるな。こんなに、日本に植えられて、入学や暖かさや香りまで、記憶のなかで漂う。

ちょっと、気分が沈みぎみの日々が続いて、ようやく上向いてきた。体とこころを、大きなものにゆだねられず、あがくような思いがするときがあるが、まさにそんな日々でもあった。そんなときもっとも求めているものを拒否するような気持ちになりませんか?

ちょっと内省的すぎて、日記らしすぎた。

季節をめぐって必ず、サクラが咲く頃がやってくる。そんなように、音やモノや臭いや単に感覚的に言葉で残っていないが強く残っている記憶というものがある。

言葉をつかうと、感覚を文字で再生産するので、また違った物になるのだけど、記憶にはたらきかれる外的な刺激は実に様々で、特に思い出すときに独特の郷愁を与える。
嫌な記憶もあるのだけれど、日頃は心理的に防波堤があって見えないところにしまってあるからね。ふんわりと、やさしいにおいのする(ような気がする)、サクラの色。

そんな、はかないサクラともお別れは近い。
だけど、花見はいかないんだよな。あちこち、仕事で移動しながら見るのが一番好き。

2004年04月08日

二胡弾き人形

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二胡弾き人形

これは、中国製の二胡弾き人形である。サイパンみやげなのだが・・・・・なかなか大きな(大きすぎる)美しい二胡の音が鳴る。不思議な風貌。青い目の二胡弾きなのだ。

二胡好きテジョンは大喜び。
女子十二楽坊がはやって以来、「二胡」といっても世間で通じるようになってきてはいる。が、やはり習得は難しい。

どんな楽器も一緒なのだが。すぐに手の届くところに、理想の音はない。バイオリン然り。チェロ然り。

ピアノのように音程固定楽器にはない苦労がそこにはある。
でも、いつはじめても音楽は遅くない。それなりの到達点があるので、魅力を感じるかたは、さあ!チャレンジ!この春から、やってみませんか?

イラクで日本人拘束

ついに、バクダットで日本人の若者が拘束されてしまった。これには、コタエル。サマワは安全な地。バクダットは危険な地はある。

でも、支援を必要としているところに危険を顧みず民間人は入っていった。自衛隊は、安全なところに行った。

彼らの活動が、紹介されていた。高校卒業したての若者は、米軍がイラク戦争で使った、劣化ウラン弾の被害をうったえる活動をしていた。女性の拘束者は、イラクの子供のための活動を行っている。もう一人は、ジャーナリストである。

この3人は、すくなくともイラクのために動いている人たちである。相手を間違ってる。拘束して殺す相手では、絶対無い。間違えてはいけない。軍隊はサマワにいるんだ!
国の後ろ盾で来ていない人を、どうか殺さないで欲しい。もう、間違いは十分だ。沢山だ。

こんな思いをしているときに、また池澤夏樹さんのメールマガジンが届いた。
パンドラの時代007。愛国心についてがテーマだ。

どうか一読して欲しい。
わたしも、君が代歌わない派である。国は、エリアにすぎないと思っている。
愛する対象を間違えるととんでもないことになるよ。
このテーマについては、次回。

イラク情勢が非常に不吉で嫌だ。

2004年04月12日

日本人拘束・解放まで

日本人の3人が解放されるというニュースが流れているが、日本の外相の発言にテロリストが激怒しているという情報もあり、予断は許されない。

そもそも、解放の声明が出るまでに尽力したのは、NGOであったり、ジャーナリストであったりと、民間人が大きな動きをあちこちで起こしている。

ネットの時代である。そういう情報が振りまかれている。アンテナを張って、何かできることを探す。

この事件を聞いて。心がざわざわした。実に嫌な、ざわめきだった。戦争の臭いがする。日本が自衛隊をイラクに送ったことで起きた、不幸。

イラクのために働こうという意志をもつものが、理解者であろう、友人であろうという日本人が自衛隊のせいで狙われた。
おおきな妨げとなった。

イラクのための人道支援というが、支援される方が望まない支援は、本当の支援ではない。
友好的で、甘い、ムードのサマワばかりが放映されるが、どうだ。今回の、アルジャジーラでは、映像を自主規制して、さも、拘束された日本人は大して危険ではないような印象を与えるが、実際は非常に危機的なものであった。

トラックバックしているサイトでは、今できることを、いろいろ書いている。
心が騒がしい人は、訪れてください。

自由で何事もない日本にいて、最大限の想像力を働かせ、3人に思いを寄せて下せい。

祈れる人は祈って下さい。積極t的に祈ってください。

2004年04月15日

本物の祈り

ずっと、イラクの情勢は好転しない。どころか、また、ファルージャへの米軍の攻撃が延期されたとしても、死者を増やしてばかりだ。

フィリピンは軍の撤退を検討している。日本は?

拘束されている日本人の家族にいやがらせが相次いだという。もっとも醜い人の心を見たように思う。。自分より困って、弱っているものを、踏みつけにして優越感という見当違いの快感を得ているやつがいるのを知ると気が滅入る。共感ともっとも遠いところにいる、想像力のない。あるいは、そんなこと考えたこともないそういうヤツ。

もう少し、自分のことを振り返ろう。祈りよりも行動、願いよりも一歩。そう思う。でも呆然としているならば自分のことでなく本当に3人のことを祈りたい。

私も本当に、祈ることなどできなかった人間だ。ほんの、少し前まで。でも、心から苦しみを共感して、深く思考に旅立つと、強い思いが湧きあがってくる。

首相、外務大臣などにメール送る作戦もある。募金もできる。デモや行動もできる。探せばじっとしていられない。その気分を、何か形に変えることはできるはずだ。

本物の祈りは、本物の行動にも結びつく。とわたしは感じる。

日本人解放

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朝の「わたしのしごと館」

日本人が3人解放された。バンザイ!こころが雲って、遠く離れた日本にいて、こんなに心配をした3人が解放され本当に喜んでいる。だが、まだ2人。昨日拘束された日本人がいる。

彼らが日本に帰ってきて、日本の自衛隊が今後どのようになるか?続けて、イラクへの自衛隊派兵を訴えつづける。いいつづける。しつこく、あきらめずに・・・・ということが必要なのだと思う。自衛隊がイラクへいってしまって、日本の世論はあきらめムードだった。日本の世論って決まってしまえば、おとなしくなる傾向にあると思う。

いつだってやめて帰ってくればいいのだ。アメリカでも反戦運動が盛んになってきた、この自暴自棄のイラク攻撃が、泥沼になり、ベトナムのようになるのをおそれている。もう、やめるときだ。そもそも、イラク戦争が正当化されるのはおかしいのだから、あやまりは速くたださなければ、新たな、犠牲者を数えるだけだ。

いますぐ。人道支援を押し付けている、自衛隊も。本当に、イラクの人々の友人になるほうには、やはり軍隊はNO。いらん。

2004年04月16日

憂慮

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今日のサクラは八重桜。グラマラスで見事。@芦屋

3人の人質だった日本人について、厳しい言葉が政府筋の人間、自民党からも投げかけられている。

当事者達は、これからこの、一週間の出来事を違うサイドからしることとなるだろう。

けれど、決してこの問題を矮小化しないで欲しい。3人という日本人の民間人の責任問題にするのでなく、根本的なところ「イラクへの自衛隊派兵」の間違いを再び訴えていきたい。
イラクの友人である日本人と敵である日本政府とに、イラクの人々は分けて考えているようだ。つまり、自衛隊派兵は迷惑なことなのである。アメリカに向けて支援しているのであり、イラクへの本物の支援とは評価されていない・・・らしい。

早速、電車のつり広告はこの3人のプライバシーに深く入り込むような、踊る見出しをさらしているらしい。今日、電車にのった多くの人の目に触れることとなっただろう。
民間人のプライバシーを追いまわすくさったマスコミも3人の命をすくうため、奔走するジャーナリストもいる。

だが、考えて欲しい。今日の朝刊でイスラム宗教者委員会理事のアブドルジャバル師のコメントが載っていた。これを読んでうなってしまった。「日本では、たった3人のためにデモをしているが、ファルージャの犠牲者のために何故声を上げないのか?」

ファルージャでは4月になって700人以上が米軍の掃討作戦で死んだ。
米軍のいる限り、人は死んでいく。

人の命の重さのことを以前にも書いたのだけど。戦争などであまりにも多くの犠牲者をだすと
国のためとかいう理屈で美化されたり、仕方ない状況とまったく痛みのかけらもない言葉で表されてしまう。人数をカウントされる、命がカウントされる。

だが、3人でもホントに今回は心が痛んだ。この自分の気分の差は何なのだ?自分とて、それとこれは、別物と感じてたのではないか?と自戒する。気をぬけば、目先のことに流される。本質。根本を見失わないよう。命はひとつとて、人の手で奪われてはいけない・・・と。

2004年04月18日

NHKの取材打ち合わせ

私たちは調律師なのだけれど、どうも、手作り楽器の方がなんだか注目される。サイトを立ち上げて、紹介しただけで、地域や仕事先にぼちぼち宣伝しているような次第だ。

ところが、インターネットとは不思議な世界で、宇宙にぽっかりサイトという絵入りの文章がひらひらしているってな感じにわたしは、イメージするのだが。そういうはかな~い存在も見つける人がいるんだな。

ネットで見たのですが~と取材されたのは3回目だ。よみうりTV、関西1週間、そしてNHK.
今度は生放送なので、少々こちらも構える。

今日は打ち合わせで、番組の流れをどんどんつくっていく担当者と話。たいしたモンだな。とプロフェッショナルさを感じてしまった。

多分、4/23はテジョンタイティエンショーということでみなさま。お楽しみあれ!

人質になった人たちへのエール

人質の3人の自己責任論がかますびしい。
あまりにも、権力差のある、力関係の違う人間達から、それも大勢でやってくれている。なんか子供が大人にいじめられているような図になってしまっている。卑劣だ。

この3人がしてきたことは、イラクへの地道な民間人の支援である。よく考えて欲しい。国費をいくらつかったとか、いう損失よりもこの3人が果たした貢献は一体なんであるか?

4/17朝日新聞記事より
仏紙ルモンドは「事件は、外国まで人助けに行こうという世代が日本に育っていることを世界に示した。」

このように、日本のジャーナリストがこの3人を助けるためにしたこと。イラクでこの3人がどんなにイラクの人たちのために働いているか・・を伝えることだった。イスラムの聖職者たちがそれを知った。アルジャジーラもこれに答えてTVで訴えた。

このことは、世界に日本の民間人の素晴らしい働きを伝えるという、お金ではとうてい支払えない日本宣伝を行ってくれた。ということを意味する。

そもそも自衛隊が派兵されたことで彼らの活動が危険にさらされることとなった。
自衛隊は、税金で安全なサマワへ行った。必要とされる支援のあるところではなく、押し着せの支援を・・・である。

なんども言うが、人ひとりは弱い。だが、人と繋がるたびに強くなる。そんな、ボランティア意味は自発的に行う人。が日本にも増えたということは喜ばしいことであって、金の無駄ではない。
と考える。

2004年04月22日

コンサート前

イラクの人質の人たちもそれぞれである。PTSDになった人、不屈の精神の人。彼らが、政府の方針に反対するから、功績をたたえるよりも、叩き潰そうとするのか?

何度も言うが、政府のやり方はおかしい。彼らが、健康を取り戻し、活動に復帰できることを切望しつつ・・

タイトルどおり、毎日、ラストスパート状態。コンサートをやっつけ仕事でしないために、こころから、コンディションを整えるために。わが、HJPクアイアは練習を続けている。

24日は、上野芝教会でイースターのコンサート。今、映画で「パッション」が話題になっている。イエスキリストの磔のシーンでショック死がでたことを、プロモに書いてある。

イースターというのは、そういう人間の罪をイエスがあがなってくれたそのことを祝う。イエスは実在の人物。よみがえり現世で生きた神となる。肉体が存在するということでなく、生きた神。
こころで祈り、それにむかって歌う。

連日、歌詞とハーモニーラインに取り組み、車の中で大声で歌っている毎日である。

2004年04月27日

いろいろあった

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マトリョーシカテルミン(そくちゃん所有)
先週は、NHKの生中継が入るゆえ、いろいろ準備があったり(楽器の製作)バタバタした。気分的にも、落ち着かない日々だった。

5時過ぎからの番組での生中継なので、2時ごろからスタッフはやってきた。アンテナつきの中継車に乗って。レッスン室での中継ということになったので、イスを動かし、スペースを広げ、チェロなどを動かし、手作り楽器を並べる。

この日のために、テジョンは見栄えのする大き目の竹琴を作った。例の「鶏やおまへんで~」「それはチキンです。」「台所ともちゃいまっせ~」「それはキッチン」のちっきんである。

リハを何度か繰り返し、「へ~」「へ~」といちいち相槌を打つのはやめてください。といわれていた。これは、スタジオとの連携もあって、放送をみてはじめて、ああ、掛け合いの部分があるねんな。と分かった。現場ではさっぱり分からない。これが、放送媒体にのって、流れているというのも、けったいな感じだ。

いろいろ、テジョンはテジョンのノリがあって、いつものテンションをもっていけるかと言えばやはり、難しい点があった。本番になると、リハでタイムを取って、何度か繰り返していても、説明に手間取ったり、言い回しを変えたりすると、時間が変わってしまい、あと何秒というディレクターさんの紙を気にして、うまくいえなくなってしまうらしい。

やはり、素人である。だからよいのだろうけれど、でも、TVというのは、時とともに流れ去ってしまう媒体である。しかも時間帯が夕方で、なかなかゆっくり見ている人がない。
紙のように、定着しないので、情報として「おもしろい」とおもうことがあってもあわてて、メモしたりしないと、すっかり忘れる。なので、日曜日のワークショップは、予想どうり少なかった。

でも、ワークショップでは、大人が楽しんで楽器を作ってくれた。そして、新たに、楽器を知ることが出来た。写真でうつっている「マトリョーシカテルミン」そして「バリオン」という楽器を参加者のそくちゃんという方が持参してくれた。

テルミンも大きいものしか、しかも映画とかTVでしか観たことなかったのに、手のひらにのるかわいいテルミンがあるのを知って驚いた。バリオンもなかなか面白い。リンクを貼ってある神戸のバリオン技研というところでしか手に入らないシロモノである。

人が人とであうというのは、実におもしろい。とこういうときにつくづく思う。何かを発していれば何か反応するものがあるというこの世界。お互いに響いていきたいものだな~と思う。

2004年04月28日

破壊

ファルージャでの停戦が崩壊寸前だ。北朝鮮では、列車事故で、爆発現場の絵がTVで放送される。

あちこちで破壊の映像。

これが、世界の人間の悲しい、つらい、相容れない、ありようなのか。

破壊の地へむかった日本人の若者。本日の天声人語では、さまざまな彼らに対するエールを乗せている。

彼らは、希望の星のかけらだ。政治的にうごめいている意志とは関係なく。すがすがしさを感じずに、いったいどんな腹黒さを持っているのだろう。

昨日の「反日分子」発言のひどさもそれを表している。破壊のすきな連中がいっていると感じる。リンクにはしっかり写真が載っているので、覚えておこう。広島選挙区で一票を投じたひとたちは議席をあたえた責任を、感じて欲しい。

反日?反政府?いろんな人間がすんでいるんだよ。日本にも。一般化して、十把一絡げ、にして欲しくないね。

今は、軍事下でないの。

もうちと、わかってほしいな。

2004年04月30日

Gospelコンサート

昨日の、島之内教会のゴスペルコンサートは、ひさびさ(というのはヘンなのだが)にすがすがしい歌いごこちだった。

わがHJPクアイアというのは、賛美奉仕を含めると、人様の前で歌う機会の多いグループだ。
代表の夏子さんがとても、エネルギーが高く、クリスチャンスピリットも熱いので、いろいろ声を掛けてもらう。

だが、そのときによってやはり色々ある。歌うほうも。

いろんなカラーのコンサートがある。カラーというのは抽象的な表現だが、気持ちの持っていきようがどこまで行くか?お客さんと、どんなスピリットを共鳴しあえるか?っていうのにかかっている。

本来は、イエスキリストに向かって賛美する。そこに向けてだけ歌う。けれど、人間がカラダを動かし、ハンドクラッピングして、こころも揺り動かしている様子は、一方通行ではなく、むこうからかえってくるものだ。

わたしの周辺の友人達も足を運んでくれるが、クリスチャンでない人ばかりだ。そのため、クリスチャンメッセージを非常に複雑に感じてしまう。端的にいうと「引く」のだ。歌詞の意味を知れば知るほど、そのストレートなイエスへのラブソングを、違和感をもって感じている。

歌うわたしたちは、それぞれ、神様とは、個人個人違う関係を持っていると思う。そして、歌うときは、楽しい。嬉しい。その理由が、歌のリズムとメロディーだけでないことも知っている。
昨日のコンサートは、その本質を感じるというか、初心に帰るような、楽しさのあるコンサートであったと私は感じた。

もうすこし歌っていけそうだ。歌う限りは、確信をもっていきたい。宗教とつきあうというのは、本気で向き合わないと、自分がしんどくなる。つきあうというのは、信仰ともまた違う。でも、非常にデリケートで深く、考慮をせまられ、しかもその時間あるいみ楽しみでもある。いつまでも宿題をとけないでいる、子供のようにネ。終わらせたくないのかもね。ホントは。

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