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2011年05月21日

ヌチヌスージサビラ(命のお祝いをしましょう)!!

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小那覇舞天CD
沖縄戦の後、生き延びるのに必死の人々の前に、舞天という人は毎晩現れました。
「ヌチヌスージサビラ(命のお祝いをしましょう)」と叫び、三線をかき鳴らし、へんてこな琉球舞踊を踊るのです。

舞天がある屋敷を訪問したとき、家のなかに位牌(いはい)(亡くなった人の霊(れい)をまつるため、お坊さんに付けてもらった名前を記す木の札(ふだ))があり、家主(やぬし)は涙を流していました。家主は舞天にいいました。  「どうしてこんな悲しいときに歌うことができるの? 多くの人が戦争で家族を失ったのに! 戦争が終わってからまだ何日も経っていないのに、位牌の前でどうしてお祝いをしようというのですか?」  すると舞天は答えました。  「あなたはまだ不幸な顔をして、死んだ人たちの年を数えて泣き明かしているのか。生き残った者が生き残った命のお祝いをして元気を取り戻さないと、亡くなった人たちも浮かばれないし、沖縄も復興(ふっこう)できないのではないか。さあ遊ぼうじゃないか」  彼の言葉に家主の表情が変わりました。
伝えたいふるさとの100話より引用 

命のお祝いという言葉。そして、魂の歌。どんな悲しい時も、辛い時も沖縄の人々が手放さなかった三線。

舞天さんは、その後も人々を笑わし、歌わせて元気を与え続けました。

今、東北は哀しみのどん底ですけれど、ブーテンさんの言うように命のお祝いをし、祝福された命を大切にすりへらさぬように大事に生きていってください。

現代でも、そんな意思をついだ「うたのお祝い」を、BIGINが行っています。
うたの日コンサート2011」は、6月25日石垣島で行われます。無料です。
今年のうたの日によせて、BIGINの比嘉さんはこういいます。

どうすれば悲しみを分けてもらえるのか?悶々とした日々に歯をくいしばるだけの毎日です。しかし、戦後沖縄でそうした様に、祝いからはじめてみようと思います。 誕生祝い、結婚祝い、退職祝い、そして入学祝い。暮らしの中でお祝いは嫌でも巡ってきます。 それを少しずつ自分の為には出来なくても、家族や仲間の為なら1つずつ、繰り返すことで元気になれると信じています。

うたの日はみんなでつくり参加するお祝いです。震災のチャリティーコンサートにはしません。
なぜなら被災地からも仲間がくるかもしれないからです。扉は全部あけておきます。6月25日僕らは石垣島にいます。

石垣島のナミイおばあ(90歳になりました!)も元気です。おばあが言いました。
人はみな頭の上にカミサマを乗せている。カミサマを喜ばせないかん。と。

投稿者 pianocraft : 2011年05月21日 21:28

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